お墓がない!新盆/初盆・お盆のお墓参りや迎え火・送り火はどうする!?

お盆は、日本古来の先祖供養の風習です。

迎え火や送り火を焚き、お墓参りをするのもお盆時期の家族の行事の一つです。

お盆、特に新盆/初盆では法要を営み、僧侶に読経していただくことが多いです。それは、法事ですから仏事です。

でも、お盆に先祖の霊が家に帰ってくる、というのは仏教の考え方ではありません。

お盆は、祖霊信仰と仏教が融合した行事とも言われますが、軸は先祖供養の風習です。結論になりますが、お墓がなくても新盆/初盆の行事は行えますし、お墓参りができないとしてもバチがあたることもありません。

目次

お盆のお墓参りは絶対行くべき!?

お墓の用意が整っていない、永代供養や散骨でそもそもお墓がない、無宗教で葬式をした、、などさまざまな理由や事情で、故人のお墓がないこともあります。

お盆やお彼岸というと、お墓参りがセットですが、お墓がないのであればお墓参りは不要ですし、お墓がないからといって成仏できないわけでもありませんので、気に病む必要もないのです。

風習や周りの意見、ネット上の情報などに振り回されることなく、それぞれの方法とタイミングで故人を偲び、穏やかに過ごすことことができればそれでいいはずなのです。

お盆行事の作法は決まりごと?

上述の通り、お盆の行事や作法は、宗教的な決まりごとではありません。何か、あるいは全てを行わないとしても、バチが当たることも、成仏できないこともありませんし、非人道的なことでもありません。

多くの家庭では、お盆時期にはお墓参りをし、迎え火を焚きご先祖様や故人の魂を迎え、お盆の供養を営み、最後に送り火を焚いてご先祖様や故人の魂を送り出します。

繰り返しになりますが、それらのお盆行事は、仏事ではなく先祖供養の風習です。

そのため、仏教でも宗派ごとのしきたりよりも、地域慣習や家の考え方の方が優先される傾向が強いです。生まれ育った地域では当然のことでも、そこから出てしまえば全く作法が違うことは珍しくありません。

お墓参りをしなくても家で供養したり、お盆の行事を営むことはできます。家の考え方や事情によっては、お盆行事を行わないとしても、なんの問題もありません。

神道にも、お盆行事はあります。ご先祖様の霊を家に迎え、感謝の気持ちを表すとともに、家内安全や無病息災を祈ります。精霊棚、迎え火・送り火、お墓参りなどを行いますが、お供えものや考え方が異なります。

他宗教であれば、宗教観として問題がなければ、お盆行事を営むことができますし、考え方が合わなければ行う必要もありません。

お盆にお墓参りをする理由

宗派にもよって考え方は異なりますが、仏教では、人間は死後、肉体は滅んでも魂は残っているとされています。

昔は、盆の入りにお墓参りをした後、寺院の僧侶に読経していただき、持参した盆提灯に火を灯してもらいました。その火を消さないように家に持ち帰り、仏壇のロウソクに灯したものが迎え火でした。ご先祖様の霊は盆提灯の明かりが目印になって、迷わずに家へ帰ると考えられてきました。

お盆には、あの世からご先祖様の霊がこの世に帰ってくるとされていますので、お墓をきれいに清め、お花やお線香などを供えてご先祖様をお迎えします。お墓参りは、ご先祖様への敬意や感謝の気持ちの表れであり、供養をするための大切な行事とされているのです。

ただ、仏教の教えでは、ご先祖様や故人の霊が帰ってくるという考え方はありません。魂が戻ってくるのと、ご先祖様や故人の宗教としての供養とは別の話なのです。

お墓とは?

お墓とは、遺骨を納め、故人やご先祖様を祀るためのものです。

仏壇とは?

仏壇には、装飾されたスペースにご本尊が安置されています。ノリが軽くなってしまいますが、ミニチュア菩提寺、寺院の小型模型のようなものです。仏壇に毎日お参りすることは、寺院に毎日参拝する、ご本尊にお参りするのと同じ意味になるのです。

ご本尊の下に安置された位牌をお参りすることは、ご本尊に見守られ、ご本尊の元に旅立った故人やご先祖さまにも見守られていることを実感する行為とされています。

位牌とは?

位牌には、戒名や故人の情報が記入されていますが、こちらも開眼供養(魂入れ)によって、故人の霊魂が宿りま

墓・仏壇・位牌 とは

お墓はあってもお墓参りに行けないなら

お墓があっても、休みが取れない、遠方で参りに行けない、体調が悪くて行けない、など、さまざまな事情でお盆期間にお墓まりに行けないこともあります。

上述の通り、風習としてお盆期間にお墓参りはしますが、決まりごとではありません。

行けない理由がある場合には、無理をせず、家で供養すればいいのです。

お墓が気になる時には、事情を話して親戚にお墓の掃除をお願いすることもできます。

他にもお墓まり代行サービスなどもあります。基本的には全国対応していますので、日程に余裕を持って依頼するといいでしょう。

お墓がない、納骨前で遺骨が手元なら送り火・迎え火どうする?

迎え火を焚くことで、ご先祖様や故人の魂が迷わずに家に帰ってくるための道標になるとされています。火の煙に乗って家に帰ってくる霊を、家族が温かく歓迎する気持ちの表れでもあります。

迎え火は、霊を見送り、あの世への帰路を照らす道標であり、ご先祖様や故人への感謝と冥福を祈る気持ちの表れでもあります。

霊はお墓から帰ってくるとの説もありますが、これも仏教の教えではなく、あくまで先祖供養の考え方です。

お墓がなくても、納骨前で遺骨が手元にあるとしても、送り火迎え火を焚くことに問題はありませんし、焚かないとしてもなんの問題もありません

近年は、住宅事情や家族構成、働き方などさまざまな理由で、送り火迎え火を焚かない家庭や、代わりに提灯を灯す家庭も増えつつあります。白提灯、盆提灯も、過去にはろうそくで灯していましたが、現在人気なのはLEDライトです。

風習は、宗教行事とは異なりますし、時代と共に変化するのです

お墓なしでも供養はできる?

お墓がない場合の供養方法

仏式では、ご先祖様や故人の供養では、お墓・仏壇がほぼセットのようなイメージもありますが、お墓も仏壇もなくても供養はできます

お墓は納骨する場所ですが、定められた供養の形ではありません。時代の変化もあり、現在では家のお墓への納骨以外にも、遺骨を納める方法がいくつもあります。

  • 永代供養
  • 納骨堂
  • 散骨〜海洋散骨など
  • 自然葬〜樹木葬など
  • 自宅供養
  • 手元供養

永代供養

永代供養(えいたいくよう)とは、寺院や霊園が親族に代わり、遺骨を管理、供養する仕組みです。

血縁関係のない他人の遺骨と一緒に埋葬する合祀墓と呼ばれるスタイルが一般的ですが、個別の個人墓や、夫婦のみの夫婦墓などのスタイルもあります。

永代供養の管理費や期間は、寺院や霊園との契約によって異なりますが、墓守りや後継者がいなくても管理を任せることができるので安心です。

納骨堂

納骨堂では、建物の中で骨壷をそのまま保管できる場所です。

ロッカー型や仏壇型と呼ばれるものが代表的な形で、遺骨(骨壷)を個別に納めます。契約にもよりますが、永代供養墓のように半永久的な管理をしてもらえるところも増えています。

散骨〜海洋散骨など

散骨とは、火葬を終えた遺骨を、細かなパウダー状に粉砕し、海や山などの自然に撒く供養方法です。

自然に還る供養方法であり、後の管理が不要なため、近年注目を集めています。

海や山への散骨は、法律の中では想定されていないため、自分で散骨しても違法にはなりません。ただ、地域によっては条例で定められている場合もあります。

条例違反やトラブルにならないように、きちんと下調べをする必要があります。費用はかかりますが、専門業者に依頼すれば、国が定めたガイドラインに沿って安全に行うことができるので、間違いありません。

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自然葬〜樹木葬など

樹木葬に代表される、自然葬も人気を集めつつあります。

指定のスペースに散骨し樹木を植えたり、既存の樹木の周りに散骨することで、樹木がお墓の代わりになるのが樹木葬の特徴です。

山や海洋散骨とは異なり、お墓に変わる心の拠り所として樹木があるため、遺族がお参りできるのが特徴です。

自宅供養

自宅供養とは、自宅に遺骨(骨壷)を安置して供養することです。

骨壷のまま安置する、収骨できる仏壇を購入する、後飾り祭壇を使い続けるなど、方法はいくつかあります。

遺骨を庭に埋めるのは違法です。
「墓地、埋葬等に関する法律」では、墓地以外の場所にご遺骨を埋葬してはならないと定められています。

手元供養

遺骨を分骨し、その一部を手元で供養するのが手元供養です。

お墓が遠方にある、自分が祭祀継承者ではない、いつもそばに置いておきたいなどの理由から、一部を自宅で供養したり、アクセサリーにして身につけたりする方法です。

お盆は、日本古来の先祖供養と仏教が融合した行事とも言われますが、宗教観よりも地域色の方が強くでます。

同じ県内でも、場所が変われば慣習が大きく異なることもあるのに、ネット時代の現在は全国区で情報が行き交います。それもまた、コトが難しくなっている理由の一つなのでしょう。

供養とは、生きている者が善行を積み、故人の冥福を祈るものではありますが、儀礼を行うだけでなく、故人を偲び、感謝の気持ちを持つことが大切です。それは、故人のためだけでなく、生きている者、残されたものにとっても意味のある行為です。

形も大切ですが、形式に捉われ無理をしたり、心を置き去りにしないよう気をつけたいものですね。

故人らしい、自分たちらしい、見送り方を考え始めたらぜひ読んでみてください。

「その人らしくを」をモットーに形式に囚われずに見送った人々の物語(前書きより抜粋)。

ノンフィクションです。ここに「これからの供養のあり方」の答えはありません。ただ、弔いのあり方、供養とはなにか、残された人の生き方を考えるきっかけになります。良書です。
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